casual comfort

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「何気ない心地良さ」をコンセプトに、感じたままをシンプルな言葉で歌うcasual comfort。中央線沿線を中心に活動する、ピアノ・ギター弾き語りデュオ。

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キャンドルナイト

だいぶ時間が過ぎてしまいましたが、20日のキャンドルナイトはありがとうございました。
武蔵野大学環境学科の皆さん、ありがとう。
花束まで頂いて…嬉しかったです、本当に。
遠くから聴きに来てくれた方も、ありがとう。

1. はじまりのうた
2. 勿忘草
3. やさしいうた
4. 灯
5. For the one

今年は会場の真ん中をキャンドルで作った天の川が流れていて、それが天井に映って、見上げたら本物の星空みたいでした。異常気象や、農作物、水産物の収穫の変動、生態系の変化など、地球温暖化が原因となっている身近な出来事はたくさんあるのに、どうも実感が沸かないというか、「テレビの中のこと」のように感じている部分があるのはなぜか。と、日々疑問に感じていました。
エコバッグを持とう、割り箸は使わないようにしよう。いくら呼びかけていても、危機感が無いような。

MCでも言いましたが、地球温暖化って、もう止められないと思う。それは皆口に出さないけどわかっていることで、いくら努力したって最悪の状況を先延ばしにするだけだから何しても無駄だって思うのも仕方ないと思う。
それでも、死んでしまったら何もできないから。人間が生きることができないような環境になってしまったら、それこそ何もかもが無駄になってしまう。
極論は、生活水準を落とすこと。これに限ると思います。
でも誰も、そんなことはしたくないよね。
一度豊かさを味わったら、求めてしまうよね。

洗濯機や冷蔵庫のない暮らしが、
水道のない
携帯電話のない暮らしが、
車のない暮らしができますか?

できないと思います。

でも天然資源がなくなったら、そうせざるを得ない時代がやってくると思います。

それは私たちが生きている間には来ないかもしれない。
でも私たちの子供たち、その子供たちが、それを体験することになる。
いずれ誰かが苦しんで地球と一緒に死ぬことになる。

と、思います。

じゃあ生活水準を下げるには?
冷蔵庫やテレビがなくても生活できるようにするにはどうしたらいいのか。

いきなりなくすのは無理ですよね。
だから、CO2を削減するためのエコカーが開発されたり、
電球も省エネタイプに取り替えたり。

今、地道な努力をして温暖化を先延ばしにすれば、こうした発明が進み、生活水準をそこまで落とさなくても二酸化炭素を削減できる生活ができるようになるかもしれません。
そういった点で、個々ができるエコの努力は無駄ではないと思います。
でもきっと開発されたばかりの時は高価だろうから、普及するまでには時間がかかるんだろうな。貧富の差が拡大したら、どんなに働いても電化製品を買い換える余裕なんかなくなってきてしまうかもしれないし。
現に私はエコ冷蔵庫に買い換える余裕はありません。
ただ意識は変わったかも。
「次に買い換えるときは、CO2削減できる電化製品にしよう」って。
「どうせ買うなら、エコなものを」と、意識が変わってくることが大切だと思うし、消費者がそういうものを選ぶようになれば賞品だって変わってくるだろうし。

もうひとつ極論を言うと、人がもっと自分について深く考えるようになれば、温暖化は防げると思います。
ほんとうに自分がほしいものは何なのか、それをもっとひとりひとりが考えるべきで、
それが行き着く先はほとんどの場合が「愛情」だと思います。
そして、それはたぶん手に入らないもので。
だから代わりのものを手に入れようとする。お金で買えるものを。
今の時代、大半の人が愛情不足で育っているんじゃないかな。モノは豊かだけど。
モノを与えることは愛を与えることとイコールにはならないと思う。

まだ23歳なので、きっと10年後、20年後にこのブログを読み返したら、「うわ、何もわかってないのにこんなこと書いてるよ」って、きっと私は笑っちゃうと思うのですが、でも今はこう思うので、書いておきます。


2008-06-23 00:00:00投稿者 : 佳奈
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